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福岡家庭裁判所久留米支部 平成元年(少)1238号 決定

少年 S・T(昭44.6.3生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

少年院に収容する期間を平成元年12月26日から1年間と定める。

理由

(非行事実及び適条)

本件記録中の福岡保護観察所長作成にかかる通告書中の「保護観察の経過及び成績の推移」及び「通告の理由」各欄記載のとおりであるので、これを引用する(少年法3条1項3号イ及びニに各該当)。

(処遇の理由)

少年は、平成元年5月19日当裁判所において、窃盗保護事件(主として住居侵入・窃盗)により福岡保護観察所の保護観察に付され、その際特別遵守事項として、〈1〉親の言うことを聞き、よく相談すること、〈2〉親に暴力を振るわないこと、〈3〉窃盗をしないこと、〈4〉保護司の指導を受けることを定められたものであるが、担当の保護司と少年の家族の相談に乗っていた民生委員の協力に基づく指導にもかかわらず、その後2か月余りして再び窃盗(やはり住居侵入・窃盗)を反復累行するに至り、また、パチンコへ行こうとする少年を制止しようとした母親を殴りつけることもあったため、同年10月30日福岡保護観察所長により本件通告がされたものである。ところで、少年は20歳に達してはいるが、著しい精神発達遅滞があるため(平成元年12月22日付けの鑑別結果通知書)、少年自ら窃盗を繰り返し行ったことは認めているものの、その事実関係の確認が困難であり、刑事事件としては立件されなかったものである。

少年の盗癖は、その萌芽が小学生ころに認められ、養護学校を出た後勤めた就労先を辞めてからは、次第に大胆で、手口も巧妙になってきたものであるが、人の物を盗むことは悪いことだとは表面的には理解していても、行動準則となる規範にまでは深められていないため、ゲームセンター等で使う遊ぶ金が欲しくなれば、抑制できずに窃盗に及んでいる。そして、金を手に入れるためには働かねばならないと口にはするが、働かなくとも盗めば簡単に金が手に入るとの態度が身についてしまっていることから、就労意欲に欠け仕事も長続きしない。また、少年は自己の要求が通らないと癇癪を起こし暴力を振るうようになってきた。

少年の家庭においては、父親は監督せず放任しており、母親は口やかましく注意はするものの、結局少年の要求を受け入れて甘やかしており、兄は少年に窃盗を命じたり、一緒に窃盗しており、唯一監督を期待できた祖父は平成元年5月9日に死亡しているので、少年の我儘をますます増長することになり、少年の指導監督を期待するのは困難である。

そうすると、少年の状態、家庭環境からみて、このまま保護観察を継続しても、少年の改善の余地は乏しく、もはや、社会内処遇による矯正は困難というほかない。

そこで、少年には6歳前後の精神発達能力しかなく、成人の刑事責任能力を追及することは困難であること、既に精神薄弱者入所施設への入所を事実上拒まれたこと、少年院についてはその収容歴がないこと等をも考慮して、精神発達遅滞に即した特殊教育により盗癖の矯正と労働による賃金獲得の習慣等の最低限の社会生活上のルールを身につけさせるため中等少年院へ収容するのが相当であると解する。なお、上記の諸事情を踏まえれば、その収容期間については1年間が適当である。

よって,犯罪者予防更生法42条2項及び3項,少年法24条1項3号,少年審判規則37条1項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 永井裕之)

〔参考〕 通告書

福保観発第6号

通告書

平成 元年10月30日

福岡家庭裁判所久留米支部殿

福岡保護観察所長 ○○

下記の者は、少年法第24条第1項第1号の保護観察処分により、当保護観察所において保護観察中のところ、新たに同法第3条第1項第3号に掲げる事由があると認められるので、犯罪者予防更生法第42条第1項の規定により通告する。

氏名

年齢

S・T

昭和44年6月3日生

本籍

福岡県三井郡○○町○○××番地

住居

本籍に同じ

保護者

氏名

年齢

S・T

昭和11年1月25日生

住居

福岡県三井郡○○町○○××番地

本人の職業

無職

保護者の職業

左官手伝い

決定裁判所

福岡家庭裁判所久留米支部

決定の日

平成 元年5月19日

保護観察の経過及び成績の推移

別紙(1)のとおり。

通告の理由

別紙(2)のとおり。

必要とする保護処分及びその期間

少年院送致処分

収容期間1年

参考事項

添附書類

質問調書(甲) 1通

質問調書(乙) 1通

依頼鑑別の結果(平成元年10月20日福岡少年鑑別所実施) 1通

電話聴取書(写) 2通

別紙(1)

保護観察の成績の推移

1. 本人は、平成元年5月19日、福岡家庭裁判所久留米支部において、窃盗事件により保護観察の処分に付され、当庁の保護観察下に入った。

2. 同月22日、父同伴で当庁に出頭。主任官は、保護観察の趣旨を説明し、特別遵守事項として1 うちのひとのいうことをよくきき、なにごともよくそうだんすること。2 家のひとに暴力をふるわないこと。3 ひとのものをとったりしないこと。4 保護司の指導を毎月うけること。を誓約させた。同時に、本人が精神薄弱者の疑いもあり、また保護者の監護能力にも問題が認められたので積極的に接触を保ち、保護観察の充実強化をはかるという処通方針をたて、担当者に連絡した。

3. 同年6月9日、母の財布から2万円抜き取り、兄と二人で久留米市内で一日中遊び夜帰宅。

4. 同月10日午前8時15分、担当者が本人宅に往訪。父母が前日の行動について本人と兄を詰問中。担当者が、当地区の民生委員であり、日頃T家の生活全般の相談に乗っている○○氏を呼んで、父母と共に本人達に指導説示。遵守事項確認。今後も協力して指導するよう話し合う。

5. 同年7月初めから、本人は兄と一緒に、ほとんど毎日朝から自転車に乗って久留米市内や福岡方面に外出して、夜帰宅するという生活を送っていた。同月7日、本人が母に付き添われて担当者宅を来訪した際、遵守事項を再度確認し説示する。

6. 同月21日、本人外出し担当者と約束の来訪を履行しなかった。同月22日、担当者宅に福岡県○○警察署刑事が訪れ、本人がかなりの件数の窃盗事件を惹起しているとの情報を得る。同月26日、担当者が福岡県○○警察署に赴き刑事課係官と面談。現在捜査中であり、8月上旬に取調べの予定との回答を得た。同日、担当者が当庁にその旨電話連絡する。また同日午後6時30分、担当者が本人宅に往訪し、平成元年7月28日指定の小郡市○○公民館への出頭指示書を手渡し出頭を促す。

7. 同月28日、本人は前日より外出して帰宅せず、不出頭。小郡市○○公民館にて○○氏、担当者、主任官の三者で連絡を密にとり本人の状況把握に努めるよう協議する。

8. 同年8月10日、担当者が本人宅を往訪。本人は小郡市内に外出し不在。親が制止するのも聞かず、外出を続けている。窃盗事件が明るみになってからは、本人は担当者宅へ来訪しないようになる。

9. 同月24日、福岡県○○警察署刑事課において本人の窃盗事件について担当者の調書が作成される。その際、7月下旬から8月上旬にかけて本人が行った計19回程の窃盗事件の被害総額が約70万円に及ぶことが判明した。

10. 同年9月5日、父母、本人の父親の妹婿、亡くなった祖母の甥、それに担当者と○○氏が参加して本人の今後について親族会議が行われた。本人は、窃盗事件について福岡県○○警察署の取り調べが行われている8月中も頻繁に外出し、両親のいうこともきかない。

このままでは窃盗を反復するので、精神病院に入院させるという結論に達した。

11. 同月6日、主任官が福岡県○○警察署に架電し事件の捜査状況について照会したところ、本人が出頭に応じるので身柄拘束は出来ず、また能力的に劣るため調書作成を試みても事実関係の確認が困難で、作成しても任意性に欠けるため検察への送検は困難である、との回答を得る。

12. 同月13日、本人が自宅近くの川で兄と遊ぶ最中に足に怪我をして、同月下旬までは自宅で療養し外出しなかった。

13. 同月22日、主任官が福岡県○○警察署において、○○刑事課長、○○係官に今後の事件取扱いの方針について尋ねたところ、送検しない方針であるとの回答を得た。

14. 同年10月5日、呼出状により本人当庁に出頭。母、担当者、○○氏が同伴する。窃盗事件について調査するとともに、窃盗、家族への暴力を止めるよう指導。同時に主任官から○○福祉事務所に精神薄弱者入所施設への受入れ状態について問い合わせたところ、現在施設は定員一杯の状態であり、なおかつ本人のような問題行動の有る者の入所は困難であるとの回答を得た。

15. 同月7日、甘木市内において、兄と一緒に家人在宅の住居に侵入し、福岡県○○警察署署員より本人、兄現行犯逮捕され、一日留置され同月8日釈放。同月12日、13日○○警察署において取り調べをうける。

16. 同月18日、本人の行状を関係人から調査するため、久留米市○○公民館において○○氏から事情聴取し質問調書作成。

17. 同月20日、福岡少年鑑別所に両親、担当者、主任官同伴で本人の資質鑑別を依頼。

18. 同月24日、本人は、福岡県三井郡○○町で(空き巣)窃盗事件を惹起する。親が8千円相当の被害弁償を行った。また同日、本人、母、兄の3人で福岡県大年田市に買物に行き帰途中の西鉄久留米駅構内で、本人がパチンコに行こうとするのを阻止した母親に対し、母親の胸を殴るなどの暴行を働き通行人、駅員によって取り押さえられた。駅員より説諭され帰宅した。

19. 同月25日昼頃、本人は、福岡県久留米市○○町××番地A方に侵入し、冷蔵庫より缶入りジュースを窃取して飲み、その後室内を物色中に家人に発見され逃走。金品の他女性の下着も物色していた模様だが、窃盗未遂に終わる。逃走する際に、家人より名前を聞かれたところ、「T」と答えたことと服装により福岡県○○警察署が本人と断定。同月26日早朝に本人宅に本人を迎えに行き取り調べが行われ、午前10時過ぎに釈放。

20. 同月27日、福岡少年鑑別所より鑑別結果受理。

21. 同月30日、呼出状により本人、当庁に出頭。質問調書作成。

22. 保護観察の成績は総じて不良である。

別紙(2)

通告の理由

保護観察の経過及び成績の推移並びに質問調書、鑑別結果等の資料からみると本人は、

1. 親が本人の外出を阻止したり、本人の要する物品の購入を認めない場合に親に対し暴力を振るうことがあった。(少年法第3条第1項3号イ該当)

2. 平成元年7月頃より住居侵入、窃盗の非行を累行し、このまま放置すれば社会一般に多大な被害を及ぼす虞が強い(少年法第3条第1項3号ニ該当)

等の事実があり、その資質、性格、及び保護者の監護能力が欠如している環境に照らして近い将来罪を犯す虞がある。

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